大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和29年(わ)386号 判決 1961年12月12日

被告人 宮崎茂 外六名

主文

被告人宮崎茂、同高橋義男をいずれも懲役四月に、

被告人今村益雄、同藤井万四郎、同柳川善光をいずれも懲役三月に、

各処する。

但しこの裁判確定の日から一年間右被告人等の各刑の執行を猶予する。

公訴事実第二の監禁、職務強要の点については、被告人宮崎茂、同高橋義男、同今村益雄、同藤井万四郎、同柳川善光は、いずれも無罪。

公訴事実第三の監禁の点については、被告人今村益雄、同藤井万四郎、同柳川善光は、いずれも無罪。

被告人八木昇、同荒川睦馬は、いずれも無罪。

訴訟費用中、証人黒川虎次、同安永沢太(但し同証人については、その二分一に当る部分のみ)、同横尾正二、同坂井靖弘、同田中虎登、同向虎治、同緒方浩四郎、同深村日郎、同嶺川利三、同馬場富久、同水田辰男、同山下徳夫、同原田安男、同岩尾新一、同熊谷正門、同野口ミツ、同篠原義雄、同佐々木澄雄、同江間恒、同古川久雄、同福地亘に支給した分は被告人宮崎茂、同高橋義男、同今村益雄、同藤井万四郎、同柳川善光の負担とし

証人中島秀雄、同川原誠、同加茂又四郎、同堤敏一、同石橋忠義、同百武末義、同瀬戸尚に支給した分は、被告人宮崎茂、同高橋義男の負担とする。

理由

(本件の背景)

佐賀県においては、所謂赤字財政の立て直しの為に県執行部は種々の施策を行つて来たが、その一環として昭和二九年五月に開会された同県議会に対し、同県知事より事業費及び人件費節減に関する議案が提出され、その取り扱いをめぐつて、これを支持する所謂保守政派に属する議員と、これに反対する所謂革新政派に属する議員との間に激しい対立が生じ、県議会外においても、佐賀県庁職員組合、佐賀県教職員組合、佐賀県高等学校教職員組合独立協議会及び佐賀県労働組合協議会等の各労働団体が強い反対の態度を示し、県議会における革新政派所属議員と相呼応して右議案を不成立にするべく反対運動を展開し、結局右議会では、混乱のうちに審議未了のまゝ成立するに至らなかつた。

次いで、昭和二九年九月七日より同月二一日までを会期として開会された同県議会に対し同県知事より同年度同県歳入歳出更正予算外二六議案が提出され、その中に前回同様事業費及び人件費節減に関するものがあつたため、県議会内における両政派の対立は一層激しくなり、又前記各労働団体も前にもまして革新政派所属議員に対しその反対方を働きかけていたが、一方保守政派所属議員側は前回における議案不成立の経過よりみて右会期において極力その成立をはかるため強力な態度で県議会に臨むべく決意を固めていたものである。

(罪となるべき事実)

被告人宮崎茂、同高橋義男、同今村益雄、同藤井万四郎、同柳川善光はいずれも当時佐賀県議会議員であつて、その中被告人柳川は新政クラブに所属し、その他の被告人は左派社会党に所属する所謂革新政派議員であつたが、

第一、昭和二九年九月一八日佐賀市赤松町所在、佐賀県議事堂において開かれた同県議会に前記節減案を含む九議案が上程され、安永沢太がその議長として該議案を審議していたが、被告人高橋がそれに関して質疑を続行中、所謂保守政派である県政同志会所属の議員より被告人高橋に対する懲罰動議が議長の許に提出され、更にその後被告人等を含む革新政派所属の議員からも県政同志会所属の坂井靖弘議員外一名に対する懲罰動議が議長の許に提出されたため、被告人高橋は、右各懲罰動議が先議されるべき旨を主張し、議長が再三に亘り同被告人に対し質疑の続行を促したが、これに応ぜず、その質疑に入らなかつた。すると午後五時前頃突如県政同志会所属の緒方浩四郎議員より「すべての質疑を打ち切り、討論を省略して直ちに全上程議案を一括採決すべき」旨の緊急動議が提出された。これに対し被告人を含む革新政派所属議員は各自の議席から右動議に反対する趣旨の発言をしたが、議長が右動議を賛成多数で可決したものとして、更にこれに基づき全上程議案の一括採決を議場に諮ろうとした為、被告人等は議長の右措置を不当として被告人宮崎を先頭に他の革新政派所属議員二、三名と共に順次各自席を離れ口々に「議長」「緊急動議」等と叫びながら議長席に向つて殺到した。一方これに対し県政同志会所属議員略々同数も右と殆んど同時に、各議席を離れて議長席附近に飛び出した為、同所で被告人等と揉み合いとなり大混乱に陥つたが、被告人等は議長が前記上程議案の採決を諮ることを阻止しようと考え、共同して議長席に詰め寄り、被告人今村は議長の机を手で叩いて安永議長にその発言の中止を迫り、被告人宮崎及び同高橋は議長の机を前方より押し傾かせてその使用を困難とし、被告人高橋、同藤井は議長の使用している場内拡声用又は録音用いずれかのマイクロホンのコードをそれぞれ引つ張り、被告人藤井、同柳川は右のいずれかのマイクロホンをそれぞれ引つ張り、被告人宮崎、同柳川は議長の着席している椅子の肘掛部分を掴んで揺り動かす等して安永議長に対し暴行を加え、ために同議長が前記上程議案の採決を議場に諮ることを妨げ以つてその公務の執行を妨害し、

第二、前記県議会は同月二一日午後三時をもつてその会期を終了することになつていたが、同日の県議会にはなお数件の議案が審議される予定になつて居り県政同志会側では会期の延長を議決したい意向を有していたが、革新政派側では判示第一記載の混乱についての話合いがつかない儘で同日の県議会を開会することに難色を示していた。ところで当時佐賀県佐賀郡金立村(現在の佐賀市金立町)においては、同村を佐賀市に合併するか否かについて賛否両派に分かれ村民が激しく対立していたが、同日同村民数一〇名が陳情のため県会議事堂内の左派社会党控室に来訪したので、午後二時頃同党所属の秀島道法議員が右村民約二〇名を同議事堂内の県政同志会控室に陳情のため同行した。その頃被告人高橋は議会運営について交渉の為既に右控室内に入つて居り、又被告人宮崎も、それよりやゝ遅れて同じく交渉のため同控室に入つたが、その外にも右陳情村民と相前後して相被告人今村、同藤井、同柳川及び他の革新政派所属議員三名が同様交渉のため同控室に入り、又その前の廊下には労働組合関係者が多数詰め掛けていた。同控室には、県政同志会所属議員一〇数名が県議会開会を待つていたが被告人宮崎及び同高橋は右県議会を同日午後三時まで開会させないことにより流会させようと考え、このためには前記村民並びに他の同僚革新政派議員が多数陳情又は交渉のため同控室に入つて居り、廊下に労働組合関係者が多数詰め掛けている状態を利用し、同控室内にいる県政同志会所属議員を同所に閉じ込め県議会議場に入ることを阻止しようと決意し、両名共同し、同所にいる県政同志会所属の県議会副議長向虎治、同議員嶺川利三、同百武末義、同横尾正二、同川原誠、同瀬戸尚、同深村日郎、同中島秀雄、同堤敏一、同石橋忠義、同野口ミツ、同福田ヨシ、同岩尾新一、同大石政助の一四名に対し交々「陳情を聞け」と言う趣旨のことを申し向け、議場に赴くため同控室の出入口附近に歩み寄つた向虎治、嶺川利三、横尾正二、川原誠、岩尾新一等に対し被告人両名が立ち塞がり、或いは身体で押し返すなどし、更に被告人高橋が同控室の出入口扉に数分間施錠するなどして同日午後二時三〇分頃から午後三時前頃警察官が前記一四名を救出するまでの間同人等が同所から脱出することを不能ならしめて同所に監禁し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(公訴棄却の申立に対する判断)

弁護人は本件公訴事実中第一の公務執行妨害の点は、県議会議員が県議会において為された議長の議事進行を違法としてこれに対する抗議乃至注意喚起を為す過程において発生したもので純然たる議会内の議事運営に属するものであり、又第二の監禁、職務強要、及び第三の監禁の点も右に関連し、議長乃至議員に対し、議員又は陳情者が政治折衝、陳情等を為した過程で発生したもので同様純然たる議会の内部事項に属するものであるから、このような場合議会自治、自律主義の原則よりみて、県議会の議決又は議長による告訴、告発なくしては、検察官は公訴を提起することが出来ないものであり、右の告訴又は告発なしに提起された本件公訴は不適法であると主張する。そこでこの点につき判断すると、本件公訴事実中、第一の事実が県議会における議事進行の過程において発生したものであること及び第二、第三の各事実がいずれも右第一の事実に関連し、議会の議事運営に関して発生したものであることは証拠により認められる。

ところで、県議会においてはその性質上、自治、自律が尊重されなければならないこと勿論であつて、内部的解決に委せ得る事項はすべてその自治に委ねることが相当であり、地方自治法その他の関係法令によつて、懲罰制度その他広汎な自治権能が与えられていることも右の趣旨に副うものである。しかしながら、議会に右のような自治権を与える所以は、これを議会の自治に委ねることが法秩序全体の理念よりみて妥当適切であるからに外ならず、従つてその議会自治の原則が適用される範囲には自ら限界が存する。即ち、それが県議会内部における議事進行乃至議会運営に関して生じたものであつても、法の理念よりみて県議会の内部的解決に委ね得ない事項については議会自治の原則を認めることは出来ない。これを本件についてみると、本件では議事進行乃至議会運営に関連してとはいえ、被告人等が刑法上の犯罪を犯したか否かが問題とされているのであり、この存否を確定することは、単に県議会内部の問題であるにとどまらず、法秩序全体の理念よりみて国家としての関心事であるといわなければならない。従つてこれを特に法律が具体的必要性に応じて例外的に認めている親告罪の場合に準じ、これに対する訴追を議会又は議長の意思にかからしめ、議会の内部的解決に委ねたものとは到底認められない。因みに右のような事項についてまで議会自治の原則を導入すれば少数党に属する議員の犯罪に比し多数党に属する議員のそれは議会自治の名の下に不問に付されるという危険も絶無とは言えず、却つて議会の適正な運営を損なう結果となるのである。

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は判示各事実について、被告人等の行為は県議会内部における県議会議員としての正当業務行為乃至自救行為に該当すると主張するが、言論の場である県議会において、いかなる事情があつても暴力の行使をもつて正当業務行為と認めることは出来ず、又判示各事実の情況下においては、かかる方法による自力救済も認めることは出来ない。

二、弁護人は判示第一の事実について被告人等の行為は正当防衛に該当すると主張する。即ち当日の県議会においては、被告人高橋に対する懲罰動議並びに県政同志会所属の坂井靖弘議員外一名に対する懲罰動議がそれぞれ提出されて居り、かような場合議長は当然右各動議を他の案件に先んじて議会に諮らなければならないのにこれを無視して議事を強行し、更に議長は県政同志会所属の緒方浩四郎議員から所謂「質疑打切り討論省略一挙に採決」の緊急動議があるや、直ちにこれを取り上げ、当初より討論を全部省略することは、許されないのに拘らず敢えて右緊急動議の採決を諮り、討論を省略した上本件関係議案九件の採決を諮ろうとしたものであり、右議長の行為は佐賀県議会会議規則に違反するばかりでなく、議会制度の本質よりみて許されない違法なものであつて、以上は被告人等を含む所謂革新政派所属の議員の議員としての権利に対する急迫不正の侵害であり、被告人等の判示所為は、右権利を防衛するため止むを得ず為したものであるというのである。

以下順次判断すると、先ず本件県議会において安永議長が被告人高橋の懲罰動議先議の主張を取り上げず、緒方議員の緊急動議に基づき、討論を省略して前記議案の一挙採決を諮つたことは判示認定のとおりである。右のうち懲罰動議先議の点については、前記会議規則第七七条に懲罰動議が提出された場合、議長は「直ちに討論を用いないで議会に諮る」べきことが規定されて居り、懲罰が議員の身分及び議会の構成に影響することからみても右規定の趣旨とするところは首肯されるのであるが、しかし、これは必ずしも絶対的意味を有するものではなく、審議の状況にかんがみ議会の多数決による意思決定により相当と認められる範囲内において適当に運用する余地が認められているものと解すべきである。従つて安永議長が右規則に反し、懲罰動議を直ちに議会に諮ることなく、緒方議員の緊急動議を取り上げたとしても、このことをもつて議事手続に違法があるということは出来ない。

次に討論省略について考察すると、討論は議員が議会において議案その他審議の対象となつている案件について賛否の意見を表明するものであつて、議決と並んで議員の議会活動における本質的なものであるから、議員全員が異議のない場合を除いては、議案等の採決に当りこれを省略することは許されないものである。

このことは議会制度の本質に根ざすのであり、右会議規則にも、既に討論が或程度為された場合にのみ限定して討論終局の動議の提出を認めているだけで、討論を当初から全く省略する場合を予想していないのは右の趣旨に基づくものと解せられる。又討論はそれ自体独立の存在意義を有するものであるから、これに先行する質疑の段階において既に賛否の意見の表明が為されていたとしてもそれをもつて、討論を省略し得る実質的理由とすることは出来ない。従つて安永議長が判示のような情況の下に前記緊急動議に基づき、討論を省略の上、関係議案の採決を諮ろうとしたことは、違法な議事手続であるといわなければならない。

しかしながら県議会は、前記の通り言論の場であつて、その議事手続上の違法の排除、是正に当つては、あくまでも言論をもつて対すべきことが基本原則である。従つてかかる違法を排除、是正して自己の権利を防衛するために許される手段は、侵害が直接生命、身体に向けられたような場合に許される防衛手段に比し、その範囲において相当狭いものというべきである。そして本件の場合苟しくも判示行為のように相手方の身体に衝撃を感得させるような方法による有形力の行使は防衛の手段としての相当性を欠くものであり、正当防衛に関する他の要件の存否につき判断するまでもなく、被告人等の判示第一の行為をもつて正当防衛行為に当るものと認めることは出来ない。

(なお本件において安永議長は違法な議事を執行したのであるけれども、該行為は議長が議長席において県議会の議事手続の一環として為したもので、議長としての抽象的職務権限の範囲に属するばかりでなく、一応形式的に議長の職務執行々為であると認められるから、なおもつて公務執行妨害罪の行為の対象となる公務の執行と解することが相当であり、これを妨害した被告人等の行為は公務執行妨害罪の構成要件に該当するものであることを付言する)

三、弁護人は判示第一の事実について、被告人等の行為は緊急避難行為に該当すると主張するが、前記認定のとおり、被告人等の本件行為は相当性を欠くものであつて、緊急避難行為と認めることは出来ない。

四、弁護人は判示各事実について、被告人等の行為には、超法規的違法阻却事由が存すると主張する。即ち判示第一の事実についての被告人等の行為は、違法乃至不当な議長の議事進行の強行に対して抗議し、これを阻止しようとしたものであり、又判示第二の事実についての被告人等の行為は、議長の右議事強行によつて惹起された違法乃至不当な状態を話し合いによつて正常な状態に戻すため、一部の県政同志会所属議員に対し政治折衝として行つたものであつて、いずれも県議会の民主的運営という重大な法益擁護のためである。従つてその間に議長又は一部の議員の権利が若干侵害されることがあつたとしても、両者の法益を比較すれば、被告人等の擁護しようとした法益は右の議長又は議員のそれに較べ遙かに優るものであつて、しかも被告人等の各行為は憲法下における全体としての法秩序に照らして許容される程度を超えないものであるから、仮にそれが刑法第三五条以下の違法阻却の要件を欠き或いは自救行為に該当しないとしても、なお超法規的にその違法性を阻却するものであると言うのである。

しかしながら被告人等の判示各行為は、たとえその動機、目的が県議会の民主的運営を期するにあつたとしても、既に説示したとおり、これを貫徹しようとする手段において相当性を欠き、却つてその目的に副わない結果を惹起したものであつて、現行法秩序の理念に照らし違法なものといわざるを得ない。

五、弁護人は判示各事実について、被告人等には他の適法な行為に出ることを期待出来なかつたものであるから、いずれもその責任を阻却すると主張するが、判示認定のような状況下において被告人等に他の適法な行為に出ることが期待できなかつたとは到底認められない。

以上のとおりであるから弁護人の主張はいずれも認容し難く、採用しない。

(法令の適用)

法律に照らすと判示各所為中被告人宮崎、同高橋、同今村、同藤井、同柳川の五名に係る判示第一の公務執行妨害の点はいずれも刑法第九五条第一項、第六〇条に、又被告人宮崎、同高橋に係る判示第二の監禁の点はいずれも刑法第二二〇条第一項、第六〇条、第五四条第一項前段、第一〇条に該当するが、前者につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、後者につきその中犯情の最も重い向虎治に対する監禁罪の刑を適用し被告人宮崎、同高橋についてはいずれも刑法第四五条前段の併合罪の場合に当るからそれぞれ同法第四七条、第一〇条に従いそのうち重い監禁罪の刑に法定の加重をなし以上の各刑期範囲内で被告人宮崎、同高橋を各懲役四月に、被告人今村、同藤井、同柳川を各懲役三月に処するが、被告人等の各犯情特に本件が違法な議事手続に端を発したものである点に鑑み同法第二五条第一項を適用し、この裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し、主文掲記のとおりそれぞれ被告人等の負担とする。

(無罪の説明)

一、本件公訴事実第二は「被告人等七名は安永議長をして前記議案の議決書を佐賀県知事に送付せしめず議事のやり直しをなさしめるため同議長に会見を申し込み、昭和二九年九月一八日午後五時頃より佐賀市佐賀県庁貴賓室において会見し、同議長に対し交々「本日の議決は無効だから知事への可決報告をするな」「本日の議事を緒方動議前まで戻して審議をやり直せ」等申し向けたが、同議長がこれに応ぜず、午後六時過頃疲労困憊して会談打切りを申し出たのに対し、被告人等七名は外多数と共謀して同議長の自由を束縛してあくまで右要求を貫徹すべく会談打切りに応ぜず、同議長を取り囲み同議長の再三の要求にも拘らず退去せしめず、途中医師迎俊彦が同議長を診察して心身過労と認め再三に亘り注射を行い「身体が持たないから会談を終了されたい」と言明したのに拘らず、これを無視し、その間夕食をも摂らしめず又同議長が疲労の極に達した為一時休憩せしめた際は、被告人藤井が同室に居残り監視し用便にも同人が同行し、或いは交々「議長の返事次第で済むことではないか」等と申し向けて要求を続け、同議長が要求に応じない限り解放しない旨の言動態勢を示して自由を束縛し、翌一九日午前零時三〇分頃同議長が疲労の余り床上に卒倒するまで脱出を不能ならしめて同議長を同室に監禁し、且つ右の如く脱出不能の状態を作為してこれを同議長に認識せしめ、その身体の危険を感得畏怖せしめて同議長をして佐賀県知事に対し前記議案の議決書を送付する手続を行わしめずして議事のやり直しをなさしめるため同議長に脅迫を加えたものである」というにある。以下考察すると、第五回並びに第八回公判調書中証人安永沢太の供述記載、第一四回及び第一五回公判調書中証人向虎治の供述記載、第一七回公判調書中証人緒方浩四郎の供述記載、第二一回公判調書中証人嶺川利三の供述記載、第二三回公判調書中証人水田辰男、第二五回公判調書中証人川原誠の供述記載、第二六回公判調書中証人山下徳夫の供述記載、第三〇回及び第三二回公判調書中証人熊谷正門の供述記載並びに第三六回公判調書中証人福地亘の供述記載、第四二回公判調書中証人田久保与一郎の供述記載、第四五回公判調書中証人山中久雄、同馬場正夫の各供述記載によれば、被告人宮崎、同高橋、同今村、同藤井、同柳川の五名は昭和二九年九月一八日午後五時過頃、他の所謂革新政派所属の県議会議員五名と共に当日行われた県議会における判示第一記載の強行採決に対して安永議長に抗議すると共に、同議長が知事に対しその可決報告をしないよう要請するため、佐賀県庁貴賓室において同議長と会見したこと、会見に当つては、右被告人等は熊谷議長秘書、向副議長等二、三の者を除き、他の一般の県政同志会所属議員等の退室を求めた上、途中暫時休憩した外は殆んど議長を他の県政同志会議員等と隔離した状態において、翌一九日午前零時三〇分頃まで長時間に亘りその会見を継続したこと。被告人八木、同荒川の両名は他の労働組合関係者約二〇名と共に右会見中、同趣旨の抗議と要望のため、一時革新議員団と交替し、同所で議長と会見したこと。以上の会見に際しては被告人等及びその他の者より議長に対し「本日の議決は無効であるから知事への可決報告をするな」「本日の議事を緒方動議前まで戻して審議をやり直せ」等議長に対する抗議や要望の発言が繰り返し行われ、これに対し同議長より疲労を理由として会見の早期打切り方が要望され、又その間同議長を診察した迎医師からも同趣旨の勧告がなされたが、被告人等はこれに応ぜず、結局右会見は前記日時に至つたことが認められるのであるが、更に前記各証拠によれば、右会見に際しては、議長の身を気遣い向副議長、福地県議会事務局長、熊谷議長秘書及びその他二、三の県政同志会所属議員が随時貴賓室内に立ち入り、議長の側に附き添つていたこと、同室と隣室の知事室との間の扉に別に施錠等が為されていた訳ではなく、その出入について物理的障碍があつたとも認められず、実際にも会見中相当数の報道関係者等が自由に出入していたこと。会見中知事室には相当数の県政同志会所属議員や県幹部職員等が待機していて貴賓室における会見の模様を見守つていたこと。前記休憩時においては被告人等はじめ議長と会見したすべての者が貴賓室を引き上げ、その後議長より熊谷秘書を通じて左派社会党所属の安原、田久保両議員に対し会見を再開する旨連絡したこと等が認められるのであつて、以上の状況を綜合的に考察すると被告人等の右各行為は、安永議長をして貴賓室より脱出することを不能又は著しく困難ならしめてその身体の自由を侵害したり、又同議長を畏怖させてこれを脅迫したということを得ず、従つて刑法第二二〇条第一項の監禁罪及び同法第九五条第二項の職務強要罪のいずれにも該当するものではなく、他に被告人等が右各罪に該当する行為を為したことを認めるに足りる証拠がない。尤も黒川虎次、安永沢太、瀬戸尚、川原誠、堤敏一、横尾正二、嶺川利三、山下徳夫、迎俊彦、原田安男、水田辰男、向虎治、坂井靖弘の検察官に対する各供述調書中には前記公訴事実に副う記載が存するが、これらはいずれも公判調書中同人等の証人としての供述記載に照らしたやすく採用出来ない。

二、本件公訴事実第三は「被告人今村、同藤井、同柳川は共同被告人高橋、同宮崎及び外数名と共謀の上、昭和二九年九月二一日の佐賀県議会を定刻の午後三時を過ぎるまで開会せしめないことにより、流会に導くため当日上程予定の市村の廃置分合に関する議案に反対する陳情団二、三〇名と共に同日午後二時五分頃前記県議会議事堂内の県政同志会所属議員控室に至り、出入口内外に立ち塞がり、同室に居合わせた判示第二記載の右同志会所属の県議会議員外二名合計一五名に対し、陳情を聞けと申し向け、共同被告人宮崎、同高橋は右扉の前に衝立を置いて出入口を塞ぎ、被告人柳川は向副議長が電話機を手にするや、これを押えて外部との連絡をなさしめず、共同被告人宮崎、同高橋、及び被告人今村、同藤井は議場に赴く為、出入口に歩み寄つた前記議員を手や身体で押し返して阻止する等の方法により、同日午後二時四五分頃警察官が救出する迄の間、右一五名を同室から脱出することを不能ならしめて同室に監禁したものである」というにある。

以下考察すると、本件事実については判示第二に認定したとおりであつて、被告人今村、同藤井、同柳川が本件犯行に関し他の共同被告人宮崎、同高橋及び外数名と共謀したことを認めるに足る証拠はない。又第一四回及び第一五回公判調書中証人向虎治の供述記載によれば、向虎治が前記控室の出入口附近にある電話機で外部と通話しようとしたところ、被告人柳川がそれを阻止したことが認められるのであるが、同控室には電話機が右以外に奥の方にも一つ設置されて居り、その附近は、県政同志会所属議員のみが占拠し、それ以外の者は殆んど立ち入つていなかつた関係上、右向虎治がその電話機を使用して外部と通話することは極めて容易であつたことが認められるのであるから、被告人柳川の右行為をもつて直ちに本件監禁行為に結びつくものとすることはできない。そして他に被告人今村、同藤井、同柳川が監禁罪に該当する行為を為したことを認めるに足る証拠がない。尤も田中虎登、中島秀雄、深村日郎、川原誠、堤敏一、横尾正二、嶺川利三、笠井定雄の検察官に対する各供述調書中には前記公訴事実に副う記載が存するが、これらはいずれも公判調書中同人等の証人としての供述記載に照らしたやすく採用出来ない。

以上のとおりであるから、本件公訴事実第二の監禁並びに職務強要の点については被告人七名全員に対し、又本件公訴事実第三の監禁の点については被告人今村、同藤井、同柳川の三名に対し、いずれも犯罪の証明がなかつたことに帰するから刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤秀 矢頭直哉 長崎裕次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例